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2005年03月20日

●存在

▼ものすごい当たり前だけど、ものすごい重要な話。

▼僕には作家さんの知り合いがいます。といってもほとんどは「自称」作家さんな訳で、
社会的にはアマチュアもいいとこ、素人同然の方々ではあるんですけどね。

▼でも僕みたいに「持たざる者」からすれば、自身の才能の原石を信じて毎日磨き上げる
そんな修行僧のような生活してる方々ってどこか光ってる訳で、いつか眩いほどの光を
放ってくれる事を願ってやまない訳です。
と同時に、羨ましい。夢中になって追っかけられる何かがあるのっていいですよね。
きっと歳とか時代とか関係無いんだろうけど、もう若くない事を理由に逃げてる僕がいます。

▼そんな方の一人とメッセで話す機会がありまして。
その方曰く、「俺は死ぬのが怖い」そうです。
そんなの当たり前じゃんと思ったんですが、よくよく話を聞けばそういう事では無くて。

▼その方はとにかく不器用ながら精力的に、己のネットワークや才能を駆使して
常に何かを生み続ける人でして。僕みたいな何もしない人間から見れば
何でそんなにしゃかりきなんだろうとか思うんですが物凄く楽しいんでしょう。
僕が辛いモノを食べるのと同じ理由で。

▼話が脱線しました。「死が怖い」の理由でしたね。
その方は、要するに「自分自身がいた存在が死ぬのが怖い、だから何かを残したい」
そういう事なんだそうです。
例を出せば、有名な漫画家さんが死んだって作品は残ります。つまりはそういう事。

▼正直、そんな事考えた事もありませんでした。
モノを作って売れば当然出てくる責任とか、そういったオトナノジジョウってヤツにばっかり気が行って
どうしても尻込みする自分がいました。または一切責任を負わない旨を書き添えて出したりね。

▼じゃあ自分はどうなんだろうと考えてみました。
僕は常々思ってることが一つあって、僕が死ぬ時、僕を知ってる人の脳から
僕に関する情報の一切を消去出来ないものだろうかと考えていまして。

▼私事になりますけど、僕は昔、恋人を病気で失っています。
毎日のように遊んだ親友も事故で失っています。
世界中を壊しても飽き足らないほど暴力的な悲しみが何度も襲ってきました。
もし僕が不慮の事故で死ぬような事があって、僕に関わった人にそんな悲しみが襲ってきたら。
そう考えるだけでその人の痛みが身に染みて理解出来るので、僕は死ねないなぁと。

▼でもよーく考えてみたら、僕には悲しんでくれる友達っていないような気がします。
むしろ僕が死んだ事を知れる人間って0に等しい。
もし今心臓発作で死ねば、3ヵ月後、家賃滞納に業を煮やしたアパートの管理人が
僕の遺体の第一発見者になるのではないでしょうか。

▼そう考えたらちょっと死にたくなってきました。
本末転倒ってこの事ですね。アハハ。

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» 死が怖い理由 from 考えすぎ
おそらく、自分の死後の世界を思い浮かべられる人にとって、死はそれほど怖くない。また、自分の生そのものを肯定的に捉えない人にとっても、死はそれほど怖くない。死が怖... [Read More]

コメント

僕も、死が怖いです。
でも僕の場合、自分のすべてが(精神を含めて)消滅してしまうことが怖いのです。

ただ、それは、自分にとってかけがえのない人の死を心から悲しみ苦しんだ経験がないから思うことなのかもしれません。この記事を読んで、そう感じました。
小学校1年の頃、7歳上の兄が亡くなりましたが、その頃の僕は、「大事件」くらいにしか思っていなかったような気がします。だからきっと、まだ経験していないんですね。

かもねぎです。
このエントリーは結構精神的に不安定な時に書いたもので、今見ると少し病んでるなぁとか
思ったりします。
そもそも、死の定義が難しいですよね。
何を持って死をするのか、例えば僕はエントリーで話した通り、死は当然怖いのですがそれは死の時に感じるであろう、痛みが怖いのも当然ですがそれ以上に人が悲しむのがヤなんですよねぇ。悲しませたくない。
でも、現時点でこうして誰かと会話したり他人と繋がってる以上、それは人として生きてきた証であり、
それだけで罪なのかも知れませんね。

かもねぎさんは、人を悲しませるのがつらくて死が怖いんですね。
死については、死そのものの怖さのほうが先に立ってしまって、そういう風に捉えたことはありませんでした。
人は一生の間に、喜びや悲しみを周囲にまき散らしながら死んでいくんだろうと思います。考え方や信仰などによっても変わるんでしょうが、少しでも喜びのほうが多く残るような一生にしたいです。
悲しみをゼロにするのはほとんど不可能だと思いますよ・・・。そういう意味では、人間って罪深いですよね。

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