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2005年08月23日

●今日は親友の命日です

▼僕ももうすぐ25歳です。

▼15.6の頃、大の仲良しでもう毎日のように遊んでいた友人がいました。
I君って方で、どちらかと言えば不良、真面目だった僕とは対極にいた人間でした。
僕は休み時間になれば本を読み、人付き合いってのもホントに身内しかいなく、
友達が少ない方でした。今でもそうですけど。

▼そんな2人だって親友になれたんです。
切っ掛けは受験勉強。僕は学内でも上位の成績を残す方のどちらかと言えば優等生で、
彼は下から数えた方が早い、いわばオバカさんでした。
そんな彼が、何を考えたのか僕が希望していた進学校を希望したのです。
当然周りから必死で止められ、県内屈指の不良高校を推薦され、反骨精神に火がついたのでしょう。
僕の通う塾に通いだし、僕に話しかけてくるのです。「勉強教えろよ」と。

▼僕は真面目っ子ですから、色々と「いわく」のある彼との付き合いは戦々恐々でした。
でも僕も教えるのは得意でしたし、彼も吸収が早いのでどんどん勉強は進みました。
きっと裏で努力していたのでしょう。中学3年になってpen(ペン)をpanと書いてたレベルの人間が
2学期が終わる頃には期末テストで全教科80点以上取るまでに成長していたのです。
同時に腫れ物に触るかのように接していた付き合い方は、いつの間にか友達としての
付き合い方に変わっていました。時間って不思議です。

▼僕らは一緒に勉強し、一緒に息抜きし、一緒に遊ぶウチに本当に仲が良くなりました。
彼はバイクや車が大好きでした。
一緒に話して、一緒に遊んでるウチに僕は車やバイクが大好きになり、今では
原付程度ならボルト1本までバラバラにされても組み直せるレベルになりました。

▼彼はスポーツが得意でした。
僕は本当に運動オンチで、喘息持ちだった事もあり出来る限り敬遠していたのですが、
彼の影響で運動で流す汗の気持ちよさを知りました。

▼僕は非常に内向的な性格でした。
何かあれば自分が引っ込んで場の納まりがつくなら、言いたい事も我慢して生きてきました。
しかし、言いたい事や分からない事を明け透けに話す彼を見て、
自分の考えを話す重要性、自分を知ってもらう大切さを知りました。

「何でもかんでも抱え込めばいいってモンじゃない。いつかお前、コワれちまうぞ?」

彼の言葉です。今だに心に残る、僕の中の大切な言葉です。

▼そんな毎日を過ごして、4月。
僕らは高校生になりました。彼も1年、必死で勉強した甲斐があって受かったのです。
その高校の3年間は本当に楽しかった。毎日が新鮮で、青かった。
単位がヤバかったり、喫煙で謹慎食らったり色々あったけど、本当に楽しかった。

▼高校卒業後、僕は大学受験に失敗してフリーター生活をしていました。
彼は警察官を目指し、専門学校に入りました。あのド不良が、です。
きっと僕の存在も、彼の人生の指針に多少なりとも影響を与えたんだろうと。そう信じたいです。
そんな中、お互い将来の道に向かって進み始めた時、(もっとも僕は呆けていただけですけど)
事件は起こりました。

▼6年前の今日、6時ごろ別の友人Yが血相変えてウチのチャイムを鳴らしたのが始まり。

「Iが死んだ」

何を寝ボケてるんだコイツは、そう思いながらYの車に押し込まれ、病院に向かう道すがら
段々と意識が覚醒していて、「ただ事じゃないぞ」と思い始めました。
嘘だろ。嘘であってくれ。冗談だろ?何で、そんなバカな。
遺体安置所でIの手に触れた時、僕は死を知りました。冷たくて、残酷で。
あげた叫び声は声にならず、嗚咽となって僕の頬を濡らしました。

▼あれから相当の時間が流れましたが、写真は残酷です。
いつまでも変わらぬ、若い時一緒に遊んだアイツの姿を今でも鮮明に記録し続けてます。

▼1年に一度くらい、他人をほぼ一切信じない僕が心を開いた数少ない親友との思い出に浸る
酒を飲んでも許されるよね。今日くらい笑わない日があってもいいよね。

泣いてもいいよね。